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30章 調子狂いの大盤




「昨日、清海ちゃんみたいな子を見かけたんだけど」
「清海を見かけた? それ、ホントに本当?」
キュラの胸倉をつかんでゆさぶる。嘘じゃないでしょうね?
「鈴実、放してやれよ。それだと喋りづらいだろーが」
靖に言われて気づく。それも、そうね。あたしはキュラの服から手を放した。
「確証はないんだけどね。でも、これを見てもしかしたら、ってこともあるかと思ったんだ」
そう言ってキュラは今日の朝刊を差し出した。それを受け取って美紀が声をあげて読む。
「深夜、闇通りにて謎の雷撃?」
雷といえば、清海の魔法が連想される。それはあたし以外の皆も同じだった。
また清海が何かやったのかしら。あの子、狙ってのことではないにしろ付ける足跡は大きいわ。
「それで、続きは?」

“早朝、闇通りの宿の前で不審な男が倒れているのを付近の住人が発見。
そばにはモシードのはいった籠もあったのが目撃されている。
倒れていた男は、痺れで動けないと自ら証言した。真夜中に宿の近くまで来た所突然電撃に襲われたという。
尚、危険な為飼育禁止とされているモシードを連れていたことからこの男が近日の放火犯であるだろうことが推測される。
しかし放火を未然に防いだ者については雷を操る者ということ以外謎に包まれている”

「とまあ、そんなことが書かれてるわ。清海ってことも有り得ないことはないんじゃない?」
そうね。美紀の指摘するとおりだわ。そこへ靖が口を挟んだ。
「モシードってのは何なんだ?」
「魔法生物だよ。発火性を持つ狂暴なハリネズミ」
簡単にキュラが説明する。ああ、それで放火? なんだか安直すぎる気もするけど。
「それじゃ本題に戻るけど。清海を闇通りで、見かけたのよね?」
「だったら早く行こうよ。まだいるかもしれないし」
「そうだな。何もやらないよりは良いだろ」
「場所はわかるわ。じゃ、早くここを出ましょ。善は急げ、って言うことだしね」
宿のチェックアウトはキュラに任せてあたし達は宿の外へ出た。
「でも闇通りって危険なんだよ。この国でも有数の」
言いかけるキュラの肩に靖とレリの手がかかる。にーっ、と二人が笑う。
「ごたくは良いって。お前が通って大丈夫だったんなら平気だろ」
「それに今はお昼だよ? 夜ほど危険じゃないよ。大丈夫、いざって時はあたしと靖が頑張るから」
ずるずると靖とレリにまたわけもなく引っ張られるキュラ。
あの二人には勝てそうにないわね。まあ、あれはあれで良いとして。
「美紀。今あたし達がどの通りにいるのか、わかる?」
地図は美紀に持ってもらってる。ちなみにあたしはお金の管理下にある。
「ちょっと待って……うん、ここはミセイド通りね。闇通りは……五つほど先にあるわ」
「結構遠そうね。公共の交通機関がないから時間もかかるわ」
あたしと美紀は靖とレリ達の後ろで歩きながら考えていた。
「まあ仕方ないわよ。何しろ世界が違うんだから」
「でも、何か徒歩以外の移動手段も欲しいのよ。急ぎたい時とかのことも考えると」
それに、ずっと歩き続けてると疲れもたまるし。楽がしたくもなるのよね。
「それもそうだけど。そんなの何処にあるか……清海を見つけたら探してみる?」
「ええ、そうしましょ」
靖とレリを見れば、いまだにキュラをひきずっている。
本人の足で歩けるのに。どうもあの2人が一緒だと誰かをひきずるみたいね。止める気もないけど。
「一時間もあれば辿りつける?」
「どの宿かキュラが覚えてたのならね」










「だったらその人のとこに行って手紙もらってくれば良いんじゃない?」
「お前な……ルネスの説明はしただろう。一筋縄にはいかない」
まったく、この馬鹿は本当にお気楽思考だな。
そこまで簡単な話なら苦労はしていないというのに。
「潜入して取ってこようよ。カースさんの手紙なんだから文句言われないって、きっと」
俺は大きくため息をついた。ルネスがどこにいるのか知っていればとっくの昔にやっている。
確かにじいさんの手紙だが……こいつと話してると頭が痛くなりそうだ。
そのくせ魔道書を使わせれば遠くの城を魔法でぶっ壊す程の魔力の持ち主。
最悪なのか、そうじゃないのか自覚なしときた。こいつの連れも大変だろうな、同情する。
おまけに世間知らずだ。まったく、と俺は二つ目のため息をついた。
「居場所を突き止めているなら、とうの昔に俺がやっている」
「じゃ、知らないの?」
こいつはまた知っていてさも当然という顔をして言う。
「だから面倒なんだ」
俺は壁に背を預け、じいさんを一瞬見た。まだ起きそうにないな、狸じじいは。
「お手上げなの? んー、まあそれなら仕方ないけど」
そう言ったかと思えば伸びをした。別に俺を責めるでもなく。
こういう時はどう反応をかえせば良いのやら。ここ数年、あまり同世代と言葉を交わすこともなかったしな。
警戒する必要もないことは喜ばしいことではあるが。こいつは俺の敵には成り得ない。
いきなり真昼の大通りで魔法をぶちかますほどでもないだろう。
とにかく、今は寝ておくべきだな。昨日は一睡もできなかった。このまま壁にもたれて寝るか。
「あ、レイどうしたの。気分悪いんなら、ベッド使いなよ」
「黙れ。寝る。邪魔するな」
まぶたを閉じる。仮眠程度でも睡眠はとっておかないと身がもたない。まだ、気は抜けない。



眠りからさめるとあいつの顔が間近にあった。
「……何をしている」
「よくこんな状態で寝れるなーって思って」
言いたいことを言うと顔を離す。たかがそんな理由でか。
「慣れだ。これからお前はどうする」
「何のこと?」
俺の言葉の意味も理解できなかったらしい。
こいつ、先のこととか考えてなかったのか。呑気すぎるにも程がある。
「俺はじいさんを連れて帰る。お前はすることがない」
「あー、どうしよう。レイはカースさんを連れて帰ったあとはどうするの?」
問えば逆に問い返された。かなり暇で呑気な奴だな。
「他にもすることが山ほどある」
じいさん誘拐の事後処理とビスレードの闇とルネス。全てはルネスが糸を引いているんだろうがな。
あの闇は人がどうこうできるようなものじゃない。
「私は行くあてもないんだよね。カースさんといれば皆と会えるかもしれないんだけど」
一緒にいたら駄目か、と俺の目を覗き込むようにして言う。
またしばらくこいつも同行か。別に良いが危機に陥ったら魔力の暴走をさせそうだ。
「来るなら来い」
どこかではた迷惑な魔法をかまされるくらいなら傍に置いておくほうがマシだ。
出会い頭の時といい、こいつの魔法には邪魔をされている。しかし、利用価値は充分にある。
呪文を詠唱するだけで、印も必要とせずに古代魔法を発動させられる者はそう多くない。
いかに間が抜けていようとも詠唱一つで魔法を完成させられるのであれば、宮廷魔導士にも劣らない。
上手く利用すれば戦力になる。連れて歩くだめの利益は十分に持つことは既に承知済みだ。
「うん。ありがとう」
しかし、あいつは笑いながら礼を言う……損得勘定をした上で、許しただけだというのに。
まともに相手をしていられない。俺はじいさんを起こしにかかった。
「じいさん、起きろ」
じいさんの肩をゆさぶるが反応がない。まだ横になっているつもりか。
あんたそれでも元裏の支配者か。いくら表面上は退いたとはいえ油断のできる身じゃないだろう。
「駄目だよ、乱暴に起こしちゃ。起きる気を無くしちゃうよ」
「眠ってる人間は重いんだ。寝られたままでいてたまるか」
寝ている人間は重いというのは立証済みだ。二度もこいつで確かめたからな。
寝てるじいさんを運ぶとなるとこいつよりも更に重い。
「そうなの? あ、起きた」

「今何時じゃ?」
じーさんが起きて発した最初の一言がそれだった。頭を抱えてもいいか?
平和ぼけしてんじゃないだろうな。これが一国を取り仕切っていた人間だとは思いたくない。
「十一時だ」
「うぅむ。寝すぎたようじゃの」
そう言いつつ、じいさんはまた眠ろうとする。あのな……俺は肩を落とした。
「カースさん寝すぎだってば!」
あいつはそう言い、腕を引っ張って起こしたがじいさんはまだ目を開けない。
失明同然の目ならば、開けてもあまり意味はないが。
「じいさん、もうここ出るんだ。支度をしてくれ」
じいさんに黒眼鏡を投げ渡す。まさかこんな代物をこいつが持っていたとは思いもしなかったが。
闇通りの骨董屋でも滅多に見ない道具だ。しかも真新しい。少なくともこの国では古代の物しかない。
おそらく、ルフェインの女王が最近作らせたものだろう。隣国とはいえ、ルフェインの技術は格が違う。
効力はこの国の者と比べればこれの方が絶大だ。この黒眼鏡はいずれこいつに返すことになるだろうが。
それでも暫くは借りさせてもらう。これを掛けていれば、失明寸前でも視力が戻るのだから。
「おおそうか。今日も頼むぞ」
じいさんはほっほと笑った。本当によく笑う年寄りだ。



は宿を出てからというもの、あいつはきょろきょろとあたりを見渡しながら歩く。
「ここには何もない。あまり余所見をするな」
あるとすれば武器屋くらいなものだ。どのみち物騒な物しか闇通りにはない。
「みたいだね。面白そうな所は何もないや」
きょろきょろするのはやめたが焦点が1ヶ所に定まった。細工屋か。
「ねえ、あそこは何屋なの?」
「装飾品に仕掛けをした物を売ってる店だ」
「へぇー。良いなぁ」
目で欲しいと言っている。だが今は寄り道する気は毛頭ない。
「でもお金持ってないんだっけ」
しかしすぐに自分から諦めた。それを見たじいさんがなぜか小声で話しかけてくる。
何なんだ一体。耳を寄せると、妙なことを聞かされた。
「これこれ。レイ、こういう場合はのぉ」
何かひとつ、贈ってやるものじゃぞ。と言われた。わけがわからない。
何故、俺がこいつに物をやらなきゃならないんだ。義理も義務も俺にはない。
「どうしたの? カースさん、何か言った?」
「ほっほ。いや、何。レイにのぉ」
余計なことを言われる前に俺は折れた。面倒ごとは御免だ。
「ったく……いつかくれてやる」
危うくじいさんにばあさんの惚気話までくらうところだった。
恋だの愛だの語る時には必ず馴れ初め話を混ぜてくるんだ、この年寄りは。
どうして俺はじいさんにまで頭があがらない。そこが今、自分でも情けなかった。
「そんなつもりで言ったんじゃないけど……良いの?」
「別に一つや二つ」
じいさんの何時間にも渡る恋愛と言う名の説教を受けるよりは口約束でも実行しておくほうが気が滅入らない。
「二つとか欲張るつもりはないよ。ありがと」
また俺に微笑みかけた。……こいつといると調子が狂いそうだ。恐れないのか、こいつは。
よっぽどの世間知らずで暇人間。人を疑うことも策をたてることもしない程の呑気さ。
そして自覚なしで古代の大技をいとも簡単に解き放つ。
古代の魔法は威力がでかく効率が良いがその分扱える人間は限られている。
変な奴だ。力に比例せず、呑気で人が良すぎる。何故、そうでいられるのか。
その疑問をわざわざ解く気にはならず、俺は闇通りを抜ける道を選んだ。










「あれ? 靖とレリと、キュラと。美紀と……鈴実?」
闇通りを抜けた所で妙な単語を呟いてそいつは立ち止まった。今度は何だ。
「皆がいる」
そう言うと首を大きく傾げながらも一ヶ所を見つめる。
視線の先には人に引きずられている金髪と、その引きずってる二人組とその後を歩く女が二人。
ああ、さっきのは名を呟いたのか。聞き慣れない音の連なりで即座には気づかなかったが。
あの金髪は人間じゃないな。俺と同じ、闇を抱える者。
「レリー、やすー!」



ズルズルと引きずられるキュラの姿を見ながら、途中で昼食も取って、歩くことのべ五時間。
不意に清海の声がした。先頭を歩く靖とレリの視線の先にその姿を見つけた。
「あ、清海!」
「おっ。本当だな」
レリと靖が同時にキュラの両腕を放した。急にそんなことしたらキュラがこけるじゃないの。
「わたたっ。うー、扱いが酷いなあ」
「ふてないふてない」
思ったとおり、キュラが地面に尻餅をついた。苦笑いをしながら肩をポンポンと美紀が叩く。
それを横目にあたしは清海の両肩に静かに手を置いた。聞きたいことがたくさんあるわ。
「清海」
「鈴実? どうしたの、こんなとこで」
天然ね、本当に。昔からずっとこうなのよ。ひさびさに会って言うことはそれだけ?
「あんたを捜してたんでしょうが。今までどこほっつき歩いてたのよ! しかもまたキレたわね二回も!」
さんざん迷惑かけるだけかけて。心配してたのよ、こっちは、オマケにキレるなんて!
「うひゃぁー。鈴実、落ちついてよー! それに私二回も」
清海は慌てふためいて必死に二回もキレてないー、と言い訳をする。
最初の目的なんてほったらかしで清海を探してたんだからね、あたしたちは。
「皆と合流するためにカースさんを探してたんだってば。それにちゃんと見つかったんだよ?」
そこにレあれ、とレリが口を挟む。何なのよ、あたしの説教はまだ終わってないのよ。
「行方が知れないんじゃなかったっけ、その人。じゃあ何処にいるの?」
「そこにいるよ。レイが担いでるおじいさんがそう」
それって清海の後ろにいるピアスつけてる青髪黒コートの?
しかもたくさん不穏なのが遠巻きにいるんだけど。それにどうして一緒に行動してるのよ。
「レイってこいつ?」
靖が指差して清海に訊くと頷いた。ということは、担がれてるおじいさんがカース=デッサムさんで。
一見すると何処にでもいる善良な顔のおじいさんね。もっと若いかと思ってたけど。
「それなら手紙は?」
美紀が問う。ああ、そうそう。すっかりここに来た目的忘れてたわ。清海のことで頭いっぱいだったから。
こういう時に式神が使えたら良かったのに。
「ないんだって。ルネスって人が持ってるらしいけど」
一石二鳥とはいかないのね。さすがに都合が良過ぎたわ。
「え。清海ちゃん、まさかそのルネスって、ルネス=ディオル?」
よく人の名前を覚えてるわね、キュラも。皆は忘れてたわよ。靖とレリは確実に。
「うん。そういえばキュラ、ひきずられてたね」
「あはは……うん、強引にね。誰も止めてくれないんだ」
がっくりとキュラはうなだれる。まあ、止める必要がなかったからね。
レリにキュラを引きずるだけの力があるってことのほうが驚愕だったけど。確か握力四十五だっけ?
「ま、とりあえず。ここから移動するわよ」
人の視線を集め始めてることだし。あたしは清海の手をしっかり握る。
「こうして握ってれば、はぐれることもないでしょ」
「うん。ごめんね、迷惑かけて」
「もう良いわ。ようやく見つかったんだから」
いなくなってから早四日。怒りもさすがに不安に変わったわ。もうはぐれないようにしないと。
この原因となった国の特攻隊みたいな奴ら……今度あったら、魔法とお札をお見舞いするわ!
「鈴実。顔が怖いよ?」
「まさしく鬼の形相だな」
ああ、考える程怒りが沸々と。額の血管がピクピクしてる。
清海をこんな目に合わせた奴ら、同じことをまたしたら絶対に許さないから。
「黙りなさい、あんたたち」
わかってるわよ。こめかみに青筋が立ってることくらい。
「こわっ。美紀、すごいね」
「触れぬ神に祟りなしよ、レリ」
あたしの親友を。清海にあんなことをしたのを後悔させてやるわ。覚えてなくてもね。
昨日お城が半壊してたけどあれを完膚なきまでに破壊しつくしてしてやろうかしら。
そうすれば修復にお金がかかってあんな必要ないものに回す余裕もなくなる。
「あたし、今なら何でも出来そうな気がするわ」
「もしかして……キレてる?」
「ううん。まだだよ。鈴実がぶちキレたらもっとすごいのは清海も知ってるじゃん」
あたしがキレたら城全壊じゃ済まさないから。周辺まで跡形もなく消し炭にできるんだからね。




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